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生きていく為に

雑記

人間、生活の心配がなければ創作するのはやさしいことだ。だが利子生活者でもない以上、精神的売春をする以外、創作だけで生きていけるものではない。それがいやならほかの仕事をすることだ。しかしそうなるとまた、いろいろ不都合が出てくる。数種の職業を持っていると、アマチュアというレッテルがつく。だがしかし、その世間でいうところのアマチュアが、数種の職業においてそれぞれプロであるとこいうこともありえるのだ。―ボリス・ヴィアン

 

 

生活の糧を得ないといけない。と、こんな当たり前のことを僕が知ったのは、大学院を卒業した春のことだった。大学で僕は絵を描いて過ごしていた。そして周囲の人間もみんな絵を描いていた。日々関わる人々は皆、美術に関わっていて、話題もほぼすべてが美術に関することだった。美術界、技術、表現内容。そういったものを一生懸命追いかけていて、生活手段なんて全く考えない世界。いま思うと嘘みたいだけど、大学の中にそういう世界があるのは事実だ。

 

まあ、それはそうとして、温室のような大学を卒業すれば誰しも、世間の常識と自分の常識を摺り合わせる必要が出て来る。お金がないと暮らすことは出来ない。社会生活の初めにあるルール。しかし、美術界とあまりにかけ離れた価値観に僕は目眩がした。この世界では、生きていけないかもしれないと思った。

 

そこで、出会った言葉が冒頭のボリス・ヴィアンの言葉。要は、精神的売春をせずに生きていく方法について。

 

論理的にいうと『人間、生活の心配がなければ創作するのはやさしいことだ。だが利子生活者でもない以上、精神的売春をする以外、創作だけで生きていけるものではない』ここまでは正しい。しかし、それ以降のセンテンス『数種の職業においてそれぞれプロである』ことは精神的売春を回避する為の方法にはなり得ない。

ゆえに、僕は利子生活者になるための生活を歩んでいくことになります。